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以前メモした歌ネタに乗せていなかった(あれ書いた時点でネタにしきれなかった)のに、いきなり降ってきたネタがあったので一気書きしてしまいました。
こんなことやってるからリクエストがいつまでたっても・・・!

タイトルでお分かりになるでしょうが、某文学作品パロ(っていうか・・・)です。
嫌いな方はご注意下さい。





『埴生の宿』


この歌を初めて教えてもらったのは、まだそれほど昔のことではないはずだ。当たり前だ、私があのひとと付き合うようになってからまだ百年足らず、一時期友人と言える間柄であったときからは四十年ほどしか経っていない。
今の世界の動きはめまぐるしいほどに速すぎて、その奔流の中に半ば無理矢理投げ込まれて以来私はついて行くだけで必死だった。まともに周りを見る余裕もなく、自分の姿を顧みることすらなくただただがむしゃらに進むだけ。
つい百年前とはまるで別の国のように様変わりしてしまった自分に、今の私は感慨を抱くことすらできない。このまま行き着くところまで行くのだろうと、そうぼんやり思うだけだ。
それだけだと思っていた。

ジャングルの夜はひどく蒸し暑かった。私の家も夏は相当に暑いのだけれど、この辺りの暑さは質が違うように思う。家にはいないような虫もいたりするし正直かなり辛いのだが───仕方がない、今は住環境になど文句を言える状況ではないし、そもそも私はここに住んでいるわけではないのだから。それに、この環境は私よりも敵にとって辛いはずだ。あちらの家の夏は私の家のそれよりもずっと涼しく過ごしやすい。
「………」
私はここで戦っているのだ。戦場の直中で暑いも寒いもあるものか。現在戦闘状態にないとは言え、敵はおそらくすぐ傍にいる。向こうもこちらに気付いていて、武器を構えて準備している。一触即発で殺し合いが始まる、ここはそういう世界なのだ。私たちがそういう世界にしてしまったのだから。
「…………」
じりじりと、張り詰めて表面上だけ静かな空気の中で焦燥感が募る。落ち着け、落ち着け、と必死で自分に言い聞かせ、私は目を閉じた。冷静さを保つために、余計なことを考えないように───
「埴生の宿も……我が宿」
歌声が聞こえた。それが自分の口から漏れているのだと気付くまでに、しばらく時間がかかった。
「玉の装い、うらやまじ───」
懐かしい歌だった。昔あのひとが教えてくれた歌。遠い異国の歌なのにとても自然に私の家になじんで、私自身の歌のようになっている歌。
「のどかなりや春の空───花は主、鳥は友───」
ああ、目を閉じたのは失敗だった。情け容赦ない現実が見えなくなった分、優しすぎて残酷な過去が思い出されてしまう。情けない、こんな場所で何て甘えたことを───
そのとき。
「───Mid pleasures and palaces Though we may roam, Be it ever so humble There's no place like home!」
歌声が聞こえた。
「A charm from the skise seems To hallow us there,Which seek through the world, Is not met with elsewhere───」
……知っている。私はこの歌を知っている。聞き違えるはずがない、この歌は───
「ああ我が宿よ───楽しとも……たのもしや」
「Home, home, sweet, sweet home!───There's no place like home! There's no place like home」
がちゃん。がしゃんがちゃんと、ジャングルのあちこちで無粋な金属音が響いた。……ふと気付くと、すがるように握りしめていたはずの銃が手の内から消えていた。いつの間に───
私はふらつく足で歩き出していた。ジャングルを抜け、開けた広場に出る。向かい側のジャングルから、人影が現れるのが見えた。
「ああ我が宿よ………楽しとも………たのもしや」
「Home, home,sweet,sweet home! ………There's no place like home! …There's no place like home」
夜目にも鮮やかな彼の金髪と緑の瞳が見て取れる。命をかけて戦うべき敵であるはずのひとは、武器を持ってはいなかった。私と同じ、丸腰だった。
泣き笑いみたいな奇妙な顔で、彼は言った。
「……お前、何で、そんな歌……それ、俺の歌じゃねえかよ」
「いいえ───これは私の歌です」
「俺の歌だろ。昔、俺がお前に教えたんじゃないか」
「いいえ、それでもこれは私の歌です。私の言葉で、私の心を歌う、私の歌です」
「……でも、言いたいことは同じだよな?」
「……ええ。全く同じですね」
昔。この歌を知ったとき、私は本当に感動したのだ。こんな馬鹿馬鹿しいまでに当たり前の夢を───改めて口に出したりしたら気恥ずかしくなってしまうような素朴な理想を、これほどまでに美しい言葉で表現することができるものなのかと。
There's no place like home. ───我が家に勝る所なし。だからこの歌は私の歌になった。
「───三日前」
ふと、彼はくしゃくしゃになりかけた顔を努めて真顔に戻すようにして、そうして言った。
「日本政府は、正式にポツダム宣言を受諾した」
「───え………」
「これがどういうことか、分かるな?」
ポツダム宣言を───受諾した。連合国側による、無条件降伏勧告を、受諾した。その意味するところは、つまり───つまり私は───
「もう、戦わなくていいんだ」
彼は、口を開きかけた私を遮るようにそう叫んだ。
「こちらには停戦命令が出てる。お前、まだ知らないみたいだったから……攻撃されたら反撃するしかないから、どうしようかと思ってたんだ。……よかった。ちゃんと伝えられて」
「…………」
「俺たちが戦う理由はもうどこにもない。戦争は終わった、こんな暑い中、森の中彷徨って命を削り合う必要はもうないんだ。日本、分かるだろ? なあ、馬鹿なことは考えるなよ?」
馬鹿なこと? 敗戦を認めずに一億火の玉とか、国民総神風特攻隊とか、そういうことだろうか? ……まさか。私はまだ、そこまで狂ってはいない。狂いたくない。
「……イギリスさん」
「ああ」
「もう……戦わなくていいんですね。イギリスさんとも、アメリカさんとも、ロシアさんともフランスさんとも……中国さん、とも」
「そうだ。だから日本……」
ジャングルのあちこちから、歌声が聞こえる。両国の兵士たちの歌う埴生の宿、ホーム・スイート・ホーム。英語も日本語もお構いなしに入り交じった合唱が響く。There's no place like home───我が家に勝る所なし───
「家に、帰ろう」
「…………はい」
私は頷く。彼は、今度ははっきりと笑った。緑の目から涙を流しながら。
私も笑った。声を上げて笑うなど何年ぶりだろうかと思った。
そして、そのときになって初めて、私は自分もまた滂沱の涙を流して泣いていることに気付いた。

<了>



竹山道雄には全力で謝り倒す所存です。
『埴生の宿』、大好きなんですよ。是非ともネタに使いたかったんですが、米英って雰囲気でもないしと思っていたのですよ。そしたら悪魔がささやいたわけですよ「『ビルマの竪琴』があるじゃん」と!
……ごめんなさい。
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