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実は世界史で一番好きなのは中国史なんです。面白すぎるぜ中国。
というわけで、いつまでたっても元寇が完成しないので間に合わせに短文投下。

先にお断りしておきますが、どえらく捏造しております。
しかも時期がかなり大雑把。調べてツッコミとか入れないで頂けるととても嬉しいです。






『昇竜』

夜の町の中で、彼はひとりぼんやりとしていた。元気が良い……というより荒くれ者揃いの仲間たちと騒ぐのも嫌いではないが、たまには静かな場所にいたくなる、そういうときだった。
闇の奥に赤いものが見え、何となく気になって行ってみた。そこで、彼は出逢った。
「お前、どこのもんだい?」
声に顔を上げたのは、思っていたより小柄な少年だった。
「……何だ、えらく別嬪な娘っこがいると思ったら男かい。ま、夜中にこんなところに娘がいたらそりゃ化けもんだよな」
「ひとのツラ見るなり何言いやがるあるか失礼な奴あるね」
「別嬪なのは本当なんだからいいじゃねえか。こんなところで何してんだい? 町じゃ見ねえ顔だが、俺らと同じような流れもんかい」
訊きはしたが、そうとは思えなかった。黒髪を結いもせずにひとつに束ねている以外はどうということのない普通の若者の格好だが、焚き火に照らされたその顔立ちはそれこそどこかの姫君かと思えるような綺麗なものだった。
切れ長の目が睨みつけてくる。ややあって、少年は容貌に似合わないひどく老成した溜息を吐いた。
「大きな世話あるよ。あちこち騒いでるのが悪いんある。ったく、せっかくようやく静かになったかと思ったのに……」
「ははっ、じゃあやっぱり俺らと同じだなあ」
彼は笑った。
「俺ぁ劉っつってな、元はこの近くの百姓なんだけどよ。役人の下働きなんかやってたのが運の尽きでなあ。つまんねえことで墓作りの強制労働されることになった奴らまとめてそこへ連れて行くことになったときに、途中で大勢逃げられちまってよ」
「アホあるね」
「ははは、全くだぜ。で、このまま残ったの連れて行ってもどうせ殺されんだし、もういっそ逃げちまえって思ってよ。それからあちこちうろついてたら、気が付いたら何だか反乱軍ってことになっちまってたんだよな。いつの間にか沛公なんてもんにされてるし。なあ、お前も流れもんなら一緒に来ねえか?」
「……今の説明聞いてついて行こうって気になる奴がいたら連れてきてみるよろし」
「あっはっは!! 違いねえや!」
彼は大声を上げて笑った。
「でも、何でだかいるんだよなあその酔狂な連中が。それも大勢だぜ。何でも、俺ぁ赤帝の子なんだってよ。ただの百姓で終わる男じゃねえんだそうだ」
「……ほう」
「なんてな、馬鹿馬鹿しいよなあ。───俺ぁ昔見たことあんだよ、前の皇帝様ってやつを。遠くからだけどな。そりゃあ思ったぜ、男に生まれたからにゃああなってみたいもんだって……でも、そうそうなれるわけねえよなあ、そんなもん。俺ぁ百姓の子だぜ? 皇帝様ってのは偉いんだからよ」
「そりゃあ、当然あるね……」
少年は頷く。彼は言った。何故初対面の子ども相手にそんなことを話すのかよく分からないが、それが当然という気がしていた。
「……でも、偉いにしたってああまで締め付けるこたぁねえよな。なあ、俺だって最初は逃げる気なんかなかったんだぜ。でもよ、あの人夫連中、一度逃げたってだけで戻ってきても殺されるなんていくらなんでもひでぇだろ? あの反乱起こした奴らだって同じだって言うじゃねえか。ああまですることねえんだ。法ってのは大事なんだろうけどよ、決めとかなきゃなんねえのはもっと簡単なことだけで十分だろ。人殺しちゃいけねえとか、人様のもの盗んじゃいけねえとか、そんなことなら誰だって分かるし、文句も言わねえよ。そう思わねえかい?」
「………」
「偉い人が威張りくさるための法なんかいらねえだろ。そう思ったから俺ぁ担がれたんだ。ま、女房やガキにゃとんだ苦労させちまってるけどな。ははは」
少年は透徹した瞳で静かに彼を見つめ、不意に言った。
「───王侯将相、いずくんぞ種あらんや」
「……へ? 何だいそりゃあ。俺ぁ学がねえから、そんな難しいこと言われても───」
「難しくなんかねえあるよ。当たり前のことある」
「当たり前?」
「王だの将軍だの宰相だの、偉そうな連中は多いが、そんなことに生まれなんぞ関係ない。そういう意味あるよ。天命を得るのに必要なのは、己だけある」
「………は?」
ぽかんとする彼に向かって、少年はさらに澄んだ声で続けた。
「我の名、まだ名乗っていなかったあるね。呼んでみるよろし」
「よ、呼べって……? お前、何言ってんだ?」
「中華という概念に過ぎなかった我に国としての名を与えたのは、政の奴が最初だったあるよ。あいつが最後なわけがねえある。天命は得るもの、同時に失うこともあるもの───秦の命運が尽きたならば、次の天命は他の奴に宿っただけのことある。我を、お前の望む名で呼んでみるよろし。お前に天命があるならば、いつか必ずそのときが来る」
いつの間にか、少年は立ち上がっていた。
「───お前、一体……な、何なんだ……?」
「お前に天命があるならば、いずれ分かるあるよ」
少年は同じ言葉を繰り返した。
そしてその次の、まさに瞬間、その姿は消えていた。目の前に燃え続ける焚き火だけが、今の会話が夢ではなかった証拠のように温かかった。
呆然と立ち尽くす彼の耳に、駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「───沛公! 劉の兄貴!」
「い、今───今の、何なんですか!」
「……え? 何って?」
駆け寄ってきた仲間たちが、夜目にも青ざめた顔で口々に言った。
「み、見なかったんですか。今、こっちの方から、竜が───昇ったって」
「俺も見たよ。なあ、お前も見たよな。兄貴、見なかったんですか!?」
「…………ああ。それは見なかった───が」
彼は焚き火を振り返った。そういうことだったのか。天命とは、そういうことなのか。
そうして彼は、悠然と笑って言った。
「───どうやら俺ぁ、竜に逢ったみてえだな」



何か色々と捏造すみません。劉さんの口調が適当すぎるんだぜ。
中国さんは上司がアレなので、普通の人々との接点がどうなっているのかとても気になります……。
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