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何かもう笑えるくらい久しぶりな短文ー。

元ネタというか、詩の一節に着想を得た(というほど偉そうなものでもないですな)勢いでそのまま書いちゃったので、一度もうちょっとしっかり調べなおして書いてみたいネタであります。

親分は格好良いときは誰にも真似できないくらい「男の中の男」であってくれると信じてる。









『午後の五時、五時ちょうど』


「何となく思っていたより開始時間は遅いのですね。それでも十分日は強いですが」
日本は目を細めて呟いた。
「ああ。知らなかったか? 昔からの決まりなんだよ、これが」
「わはー。何て言うか、何度見てもすっごい光景だよねーこれ」
ロマーノとヴェネチアーノが口々に言った。

闘技場はきっかり半分ずつ、日の光が当たる部分と陰の部分に分かれている。その中央に、ひとりの男が立っている。

「ア・ラス・シンコ・デ・ラ・タルデ、エラン・ラス・シンコ・エン・プント・デ・ラ・タルデ」

午後の五時、五時ちょうど。ロマーノは歌うようなスペイン語でそう言った。
ごく普通の言葉のはずなのに、魂と身体の芯を直接振るわせるような不思議な力を持った語句だ。スペインには知らぬ者のない、恐らく史上最も美しいスペイン語を操った人間のひとりであろう男の残したことばである。

「───昔から、闘牛はこの時刻に始めることになってるんだ。このアレーナが、ちょうど光と影の半分ずつに分かれるとき。それが、生と死の分かれ目の時間だから。……今はちょっとずれてるけどな、午後の五時ってのはこの国じゃ『死』を意味するんだ」
「兄ちゃん、詳しいよねー」
「さんざんあいつに説明されたんだよ! あげくにこれ、超有名な詩の文句だし、しょっちゅう言ってんだから嫌でも憶えるっつの」

闘技場は独特の雰囲気に包まれている。じりじりと照りつける真夏の太陽そのもののような熱、それでいてほんの僅かな間違いから全てが凍りつきそうな張り詰めた空気、それらが相まって今にも爆発しそうだ。

その中央に、ひとりの男が立っている。
<光の装束>と呼ばれるけばけばしさと紙一重の華麗な衣装は、時と場合によってはそのまま死に装束となることもあり得るものだが、それを十分に知っているが故にこその傲慢で凄艶な美しさを着る者に与えている。目を射るほどに赤い布は躍動する生命そのもののように宙を舞う。

この国では、あらゆるものがあまりにも鮮やかだ。太陽の光の鮮烈さの違いだろうか。
光と影が目映いほどにくっきりと分かたれた世界は、その中央に立つ男を含めて、まるで一幅の絵のようだった。

午後の五時、五時ちょうど。それはこの国を代表する、そしてこの国の内戦の中で虐殺された悲劇の大詩人の、最もよく知られた詩の一節だ。

「───残酷だ野蛮だ動物虐待だって批判も多いけどさ。そういうのじゃないんだよな」

ロマーノが言った。口調はそっけなさを装っているが、オリーヴ色の瞳は吸い寄せられるように闘技場を、そこに立つ男を見つめている。
「そんな表面だけの薄っぺらなものじゃないんだ。これは───命と死を同時に生きる、ラテンの男伊達の極みなんだ。ああ、こんな言葉じゃ説明なんか出来ないな……」
「何となくですが、分かる気はしますよ」
日本は同様に闘技場を見つめながら頷いた。

ここはそういう土地なのだ。あらゆるものがこの叩きつけるような太陽の下に容赦なくさらけ出され、同時に呑み込まれ、そして目映い輝きを放つ。
美しいものも醜いものも、神聖も世俗も、優雅も野蛮も、刹那も永遠も、喧噪も静寂も、躍動も停滞も、歓喜も悲嘆も、悦楽も苦悩も、黄金も泥濘も流血も、そして光も影も、生も死も。ほとばしる鮮血は生命そのものとしてこの大地に散る。全てはこの太陽と陰の下に。

「ここは、死が見世物になる唯一の国らしいからな」

同じ詩人の言葉を、ロマーノは呟いた。そう、生も死も全てはこの太陽の下に。

午後の五時、五時ちょうど。
闘技場は光と影にきっかりと二分される。

「───これがスペインだ」

その声が聞こえたのだろうか、悠然と観客席を見回しながら牛を待っていたマタドールが、ふとこちらに目を留めた。
確かに目が合った、と思う。
次の瞬間、彼は遠目にもはっきりと分かるほど若葉色の瞳を輝かせ、思い切り破顔してあまつさえ力一杯手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。

「ロヴィーノやんかー!! そこにおったんや! よう見とくんやで、親分最高にかっこええとこ見せたるからなー!!」

……いろいろとぶち壊しなその行動に、ロマーノは頭を抱え、ヴェネチアーノはけらけら笑い、日本は笑うことに失敗して半端に頬を引きつらせた。
かろうじて人間名で呼ぶだけの理性は残っていたようだが、せっかくこれだけ盛り上がった良い雰囲気だったのにこれはないだろう。周りで待機していたピカドールやバンデリリェロたちも、苦笑を通り越して爆笑している。
「あああああ……あのアホ……」
「スペイン兄ちゃんらしいよねー」
「ああもう、そうだよこれがスペインだよ……」

日本はついつい言わずもがなのことを言ってみた。
「……だが忘れるな、戦いの最中も忘れるな、黒い瞳が見ているぞ───でしたっけ?」
「それはフランスんちのオペラの歌だー!!」

ヴェネチアーノが思い切り手を振り返す。
「おー!! がんばれアントーニョ兄ちゃん!! 応援してるよー!」
「ヘラヘラしてんな馬鹿! テメエみっともねえ真似すんじゃねえぞ、怪我とかしやがったら指差して笑ってやるからなこのヤロー!!」
言い方は正反対だが込められた想いは同じ言葉を兄弟からもらい、スペインはさらに太陽そのものの笑顔を見せてから戻っていった。

午後の五時。
天蓋まで揺さぶる歓声がアレーナに轟く。

光と影にきっかりと分かれた闘技場に、真っ黒な牛が引かれてくる。ぎょっとするほど大きな牛だ。対するマタドールは、身長はそれなりだが実用的な筋肉だけが付いている体型で、見た目には細身と言っていい。誰もが息を詰めて見守るが、彼は微塵も恐れる様子など見せない。
一歩間違えれば大けが、下手をすれば命を落とすことを誰もが知っている。それでも彼は臆さない。ここはそういう場所なのだから。

午後の五時。

「アーイ、何と無惨な午後の五時───」
そう呟いてから、しかしロマーノは思い切り笑い飛ばして見せた。スペインがそうするであろう通りに、強く笑ってみせた。強がりでも何でも、それがラテン男の美学というものだ。
「そんなことあるわけないだろ。あいつは絶対に勝つに決まってんだからな!」

午後の五時。五時ちょうど──────
<了>



フェデリコ・ガルシーア・ロルカの代表作『負傷と死』より。牛に突かれて亡くなった闘牛士を悼んで書かれた詩集の一作です。正確には常に五時ではなく、闘技場が光と影の半々に分かれる時刻なので、季節によって結構差があるそうです。
闘牛ネタは一度はやっておきたい。……わけですが……私は確か、とにかくとことん格好良い(「男らしさ」の極致みたいな世界なんだぜ)親分が書きたかったはずなんですが……何だろうこのとっても残念な感じは……。
親分はこれくらい空気クラッシャーであればいいです。自分が格好良い空気すら読みません。
ちなみにお兄さんちのオペラの歌はもちろん『カルメン』の『闘牛士の歌』です。歌詞の続きは「恋がお前を待っているぞ」。わはは。

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