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何かものすっごく久しぶりに短文です。
以前呟いてた超有名ピザネタ。(笑)
ただし、元ネタがあまりにも有名すぎてほとんどいじれなかったもので、ストーリーがあの伝説そのまんま、ただのパロっぽくなっています。
それでもよろしければどうぞ!








『マルゲリータ物語』

「何でそんなこと引き受けたんだ馬鹿弟ー!!」
台所に悲鳴が響き渡りました。
「えー、いいじゃない大丈夫だよー兄ちゃんのピッツァ美味しいんだし」
「大丈夫な訳あるかボケ! あのな、ピッツァってのはな、道端の屋台で買って立ち食いするような食い物だぞ? 王妃様の口に合うと思うのか?」
「だってその王妃様に是非って言われたんだよー。大丈夫だよ、兄ちゃん料理すっごく上手じゃない。絶対喜んでくれるよ」
ヴェネチアーノはそう言いましたが、ロマーノは「無理、絶対無理!」と叫ぶばかりでした。

兄弟は少し前にひとつの国になったばかりです。王妃様というのは元々ヴェネチアーノの家の人で、ロマーノの方の料理はご存じではありません。そこで、ナポリ名物でとっても美味しいと評判のピッツァという食べ物を食べてみたいと言い出されたのです。
「俺の料理は基本的に庶民の家庭料理だぞ。味はともかく、宮廷料理みたいな凝った盛りつけとか綺麗なカッティングとか、出来ねえんだよ。相手は王妃様だぞ? 見た目で引かれるっつーの」
「そんなことないよ料理は味だよ! それに、俺、兄ちゃんの料理って綺麗だと思うよ?」
弟の言葉に、ロマーノは目をぱちくりさせました。
「はあ……?」
「ほら、兄ちゃんの料理ってトマトいっぱい使うじゃない」
「ああ……。それがどうかしたか?」
「すっごく鮮やかな赤色でしょ? ああいう色って他じゃそうそうないもん。すごく綺麗だし、美味しそうだと思うよ」
「………」
「だからお願い! 今更断れないよー!」
「あー………」
相手は上司です。そうでなくても、イタリア女は強いのです。
「分かったよ……でもマジ大丈夫なのかなあんな庶民料理で───って、あれ? いや……」
「? どうしたの兄ちゃん?」
「いや………」
ロマーノが首を傾げたのは、そういえば昔スペインに支配されていた頃、ちょくちょくお忍びで王宮抜け出しては町のピッツェリアに入り浸っていた王様がいたよなあということを思い出したからです。
……案外いけるのか?
そう思いかけたところで、ロマーノは目の前のピッツァ窯に意識を戻しました。
「よし、ちょうどいい頃合い……っと」
ほどよく焼き上がった熱々のピッツァが現れます。トマトソースと溶けたチーズの素晴らしい香りが広がり、ヴェネチアーノは目を輝かせました。
「わはー!! 美味しそー!!」
「手ぇ出すなこれは俺の昼飯だ!」


そして、王妃様に呼び出された当日。ロマーノは困惑したまま、ナポリ郊外のカゼルタの王宮に向かいました。イタリアのヴェルサイユと呼ばれる絢爛豪華な宮殿で、昔スペインが作ったものです。こんなもん作ってるから金欠になるんじゃないかなどと無関係なことを考えてしまうのは、もちろん現実逃避です。
台所に通され、彼は腕を組んで考え込みました。さて、どんなピッツァを差し上げるべきでしょう? 
ピッツァというのは特にこうであらねばならぬというような決まったレシピのある料理ではありません。生地が小麦粉と水と酵母だけというシンプルなものですから、何にでも合うのです。好きなもの、あるものを載せて焼けばそれで一品出来上がり。だからどんな風にでも出来るのですが───
「トマト、と……チーズはやっぱり、これだよなあ……」
考えたことがありました。王妃様は北の生まれ、南イタリアの美味しいものなどほとんどご存じないのです。トマト味も北のものとは全然違うチーズも、きっとほとんど召し上がったことなどないでしょう。その上で南の庶民の食べ物を食べたいと仰ったのです。
だったら───無理に相手の味覚に合わせるより、自分が絶対にこれは美味いと思うものを作った方がいいんじゃないのか?
真っ赤に熟れたトマトと、真っ白なモッツァレッラ・チーズ。簡単でシンプルで、自分の家では大人気の組み合わせです。
「───よし」
彼は頷きました。


「お待たせいたしました」
焼きたてのピッツァを手に食堂に入ると、既に王妃様は待ち構えておいででした。いいことです。焼き上がりから一秒ごとに味は落ちてしまうのですから。本当だったら焼き窯のすぐ前で待っていてもらいたいところです。
「まあ……。なんて綺麗なのでしょう」
王妃様は差し出された皿を一目見てそう仰いました。
「……え?」
「ほんと、綺麗だねー。俺たちの旗の色だね!」
ヴェネチアーノまでもが言いました。
トマトソースの赤、モッツァレッラの白、そして散らされたバジリコの緑。確かに「イタリア」の旗の色です。
豪華な具も凝った飾り付けもない、でもだからこそ、それはこれ以上ないくらい綺麗でした。
「───馬鹿違うよ、たまたま一番美味い組み合わせを選んだらそうなっただけだよ!」
「じゃあ俺たちの旗が美味しい色なんだー」
「これはどうやって食べればいいのですか?」
王妃様に訊かれて、ロマーノは慌てて答えました。
「ああ……、生地が割と柔らかいから、放射状に切って、くるっと巻いて食べると良いと思う……」
屋台では紙に包んで手づかみで食べさせるのですが、王妃様にそれをやれとは言えません。
一口食べた王妃様は目を輝かせました。
「美味しい……。こんなに美味しいものは生まれて初めて食べました」
「そ、そうか? そりゃよかった……」
「素晴らしいわ。南イタリアにはこんなに美味しいものがあるのですね」
他に取り柄がないんだけどなあ、などと思っているロマーノに、王妃様は訊きました。
「これは、何というピッツァですの?」
「え?」
名前? そんなものはありません。みんなは適当に呼んでいるのかもしれませんが、決まった名前なんかないはずです。ピッツァというのは好きなものやあるものを適当に載せて焼けばそれで一品出来上がる料理です。ヴァリエーションはいくらでも作れます。レシピによって付ける名前なんて考えたこともありませんでした。
ロマーノは王妃様の顔を見ました。自分の家の質素な庶民の食べ物を、こんなに気に入ってくれた人を。
だったら、相応しい名前は他にないじゃないか。
「マルゲリータ───ピッツァ・マルゲリータ」

───それが、世界一美味しいピッツァの、誕生の物語だということです。




ピッツァ・マルゲリータの何が偉いって、王妃様相手に豪華な具じゃなくシンプル故に一切ごまかしの利かない、けどシンプル故に最高に美味しいもので勝負したというその職人魂に惚れる。美味しいですよね。
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